四万十からのつぶやき


Vol. 9 グレーヴをしよう!
Faites GREVE !

Hiroko Yamasaki


 フランスはスト大国としてもかなり有名。ストライキは仏語でグレーヴ(Greve)という。日本にいても、航空会社や鉄道のストライキのニュースはフランスからよく聞こえてくる。先日のニュースでは、タバコの2割値上げに反発して3万軒ものタバコ店が一斉休業という形でストを行った。閉められた店鋪には「生き残るために戦っているのです!」と張り紙があったそうだ。(10月21日) 
 国民の3分の1が喫煙家であるフランス。15〜24歳の若者では2人に1人がタバコを吸っている。朝の通学時間、タバコを片手に通学している小学生も見たことある。今回の値上げで1箱の平均価格が4.6ユーロ(実にその8割が税金)となることでタバコをやめる人が増えることを期待しているらしい。政府としては、今後5年間で現在の喫煙者を成人で2割まで、青少年では3割まで減らすことを目標にしている。

 アメリカの禁煙ブームに続いて日本でも男性の間では禁煙をする人(した人)が増え、公共施設から喫煙場所は影を潜めた。駅全体、ビル全体が禁煙というのも珍しくない。病院などで4畳もない小部屋に押し入れられてタバコを吸っている愛煙家の方々を見ると気の毒になる。私はタバコは吸わないし煙も嫌いだが、でも、この現状はアメリカ的な極端さがあって認めたくない。タバコを売って税金を稼いでいるのは国(つまり国民)だし、日本全国で葉タバコで生計を立てている農家もあれば、タバコを売って生活している人たちもいる。タバコからの税収が減ることと、タバコが原因でかかる病気の医療費の増大が引き合いに出されるが、実際その辺はどうなのだろう。と言ってみても簡単に数字で語れないのが愛煙家の方々の気持ちなのだろうけど。JTが害の少ない、匂いの少ないタバコを開発中らしいからそれはそれでがんばって欲しいと思う。

 ニュースでも指摘されていたように、今回の一度に2割もの値上げは闇市場を活発化させるだけかもしれないし、また、隣国のスペイン、イタリア、ドイツ、ベルギーなどに行けば簡単に安く手に入るのだから、それこそフランス全土で約34,000軒ものタバコ店を苦しめるだけかもしれない。そんな彼らの危機感がその34,000軒の9割がタバコを売らないというストライキとなったのである。

 日本でストライキと言われて私の頭に浮かぶのは、建物の(それは往々にして行政機関なのだが)入り口に集団で座って、「労働時間の短縮」「給料のベースアップ」を求めている公務員の方々である。何が哀しくてそんなことしないといけないのだろう、と心の中でつぶやきながらよく横を通り過ぎた。本当に訴えたいからそこにいるのではない。明らかに半分はおつきあいで参加している。
 その他よくあるのは春闘。私が知っているのはひと昔前の国鉄時代のものではなく航空会社やバス会社などの闘い。ほとんどがストライキに至らず夜を徹しての「話し合い」で決着して「ストは回避されました」と朝必ずテレビは告げている。不況が続く中、会社がなくなればベースアップどころの話ではなくなるから労働者が団結して給料の値上げを求めるストというのはしばらくは消えるのかもしれない。


 フランスで出くわしたストでは国鉄やバスという交通機関は言うに及ばず、大学で学生のストにあった。大学の入り口を若者が取り囲み、イスや机でバリケードを張って学生が校内で授業を受けられないようにしていた。確か大学への補助金が減らされるのにもかかわらず、どこかの特別な学校に補助が出されるか何かそのようなことに学生達が反発したのだったと思う。さすが、フランス!と思ったものだ。私はというとイスと机のバリケードを乗り越えて授業に行ったのだけど。

 政府の方針に意義を唱え、世の中の不条理に怒り、そうして団結してデモをしたり、グレ−ヴをする。それは私利私欲のためというよりむしろみんなのため誰かのためといった感じ。公の部分から生まれる思いから動いている感じ。フランスで生活を深めるにつれて、「社会主義国フランス」というものを噛み締めていった。

モンパルナス駅
モンパルナス駅

 思うに、何らかのグレーヴを起こすにしてもそこに至る確固とした動機があり、またその動機に賛同して参加する人々も無数にいるわけだ。各々が自らの意見を持ち意思表示が出来ないとそこには至らない。高校生のストも見かけたし、一生懸命署名集めをしている若者たちもいた。そういう社会風土は長い歴史の中で培われ、今日に至っている。
 フランス革命は王政に対する貴族の革命から始まったのよと習ったが、それから始まり同じように王侯貴族に不満を抱いていたブルジョワと呼ばれる比較的裕福な商工業者と農民、労働者らの第三身分が彼らにもの申し、自分達で変えようという動きにつながった。第一の身分であった僧侶の中にも不満を抱いている下層僧侶達も多く、同様に第二身分の貴族の中にも不満分子は多くいた。立ち上がった第三身分と共にその他の二身分が加わる形で国民会議が結成される。当時たった7人の囚人しかいなかったのだが王政の象徴であったバスティーユ監獄を民衆が襲撃し陥落する。これまでただ従っていたものを自分達で動かしたという事実。ついには、フランス人権宣言が誕生する。
 民衆の実力行使の産物たる人間の「自然権」「市民権」が明記された憲法。「公共の救済」を尊び、暴虐に対する人民の「反乱」は神聖な権利であり、必要不可欠な義務であるともうたっている。この時築かれたフランスの「精神」がずっと流れ続けているのだと、クリスマスなのに一向に動かない交通機関のストに理解を示す彼らを見てそう思わずにはいられなかった。

レンヌ駅
レンヌ駅


 デモであれ、ストであれ、意見を言いアクションを起こすことは日本人ではあまりない。消費税が10%になったところでレジで公然と消費税の支払いを拒否する人が現れるとも思えない。これまでの政治の下手さから出た国の借金を国民に背負わされるからといって暴動が起こるとは想像できない。政府に不満を持ちながらも「誰がやっても同じ」と積極的な関心を示さない。それではなんにも変わらない。変わらなくていいのか、変わることを諦めているのか、変わったその先も諦めているのか。

 自分の考えや意見を表すことは「変わったこと」ではないはずだし、「恥ずかしい」ことでもない。単に文句を言っているわけでもないはず。
 発言すること、行動すること。それを一人ひとりが大切なことだと認識すること。自分の意見を言ってみること。他人の考えに耳を傾けてみること。自分の頭で考えること。自分の言葉で話してみること。そんなところからはじめたら少しずつ近くから変わっていくかも。
 そう、今度何か理不尽なことに行き当たったら、グレーヴをしてみたら。楽しいかもね。

novembre 2003

photo by Yoshihito Nakano

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