四万十からのつぶやき


Vol. 6 農業大国フランス!
La France, un pays de paysans

Hiroko Yamasaki


 フランスを訪れたら通りに立つマルシェ(市)に行くのが楽しみ、という人も多いのではないだろうか。新鮮で色鮮やかな野菜や果物の山を目にすると、ついついあれもこれもと買いたくなってしまう。日本では気軽に買えないラズベリーやブルーベリー、黒いちごなどがとても楽しみで、まずひと盛り買ってつまみながらさらにぶらぶらする。
 私がいた町では町の中心にあるノートルダムの広場に週に3日市が立った。近くに住みはじめてからは日曜日にたまに買い出しに出かけた。ほとんどの店が休みということもあるが、あふれるほどの季節の実りを目にするだけでちょっと遠出した気になれるので、さして買うものがなくても出かけたくなる。
 スーパーの青果売り場でも圧倒されるのは同じこと。豊富な種類に量、そして日本と比べ非常に安いのに驚いてしまう。アンディーヴやアーティチョークにエシャロット。10kgの大袋で売られているじゃがいもやたまねぎ、赤や黄、緑のリンゴ。改めて、フランスって農業国なんだ、と力を込めてつぶやく。

 そんな農業大国フランスでも輸入ものはある。イタリア産のブドウ、スペイン産の柑橘類。バナナは仕方ないにしても、国外産のブドウを見たときにはちょっと驚いた。他にも結構外国から来ている。何が違うのか。おそらく、最大の違いは価格。
 イタリアもスペインもフランス同様ぶどうはたくさんつくられている。オレンジなどはやはりスペイン産がおいしい。青森のりんごや山形のさくらんぼを喜んで食べたり、愛媛産や静岡産のみかんを近くのスーパーで買うのと同じことだと思う。初めてイタリアの長細いトマトを手に取った時は外国にいるんだと実感した。そういったある種特産品的農産物ならともかく、値段が安いからといって流入してくる農産物が増えると自国の農業を圧迫する。
 農業大国フランスは、スト大国でもある。国外からの荷物をトラックが運べないよう道路を封鎖する農家の人々の"一揆"(ストライキ)がテレビで流れていた。私にとっては充分安いフランス産の農産物がさらに安い輸入ものに負けている。日本では中国からの輸入が急増した「しいたけ、白ねぎ、いぐさ」に発せられたセーフガード(輸入制限や関税の引き上げ)があったが、フランスの農民のように直接'行動'に出るか、日本のように'おかみ'からの'おふれ'で阻止したりするしか価格競争に勝てないのだろうか。


 1999年、南フランスの小さな町で建設中だったマクドナルドの店鋪を一農民であるジョゼ・ボヴェ氏が仲間9人と共に解体するという事件があった。安価なアメリカンフードに対する抵抗かと思いきや、もっと大きな意味があった。
 ヨーロッパは以前からホルモンで肥育された牛肉を拒否してきたが、1987年、EUはホルモン肥育牛肉の輸入を禁止した。その10年後、アメリカ政府はこれは自由貿易のルールに反するとWTO(世界貿易機関)の紛争処理委員会に訴えた。WTOは自由輸入禁止に対する制裁措置として、アメリカがEU産の16品目の農産物に100%の関税をかけること認めたのだった。100%の関税がかかったものを誰が買うのだろう。彼らは抗議の行動に出た。
 今、ホルモン漬けの牛肉と同じことが遺伝子組換作物でも起こっている。遺伝子組換作物についても自由に取り引きされるべきというのがWTOの決定だった。不確かな安全性の中で収穫の効率と利潤だけを考えてつくられた食品。それを拒むことが世界ルールに反するという。

パリの海の幸レストラン
パリ 海の幸レストラン

 「地産地消」という単語を最近頻繁に聞く。地元でとれたものを地元で消費する。でもこれは日々の暮らしがグローバル化する前、世界中で当たり前だったこと。昔は迅速で安価な輸送手段も少なかった。名物や特産品の情報も全国に充満してはなかっただろうし、わざわざ遠くから取り寄せて食する行為も日常的ではなくおそらく贅沢なことだった。

 ここ数年、日本国内で食の安全を脅かす事件が続発した。加えて、牛海綿状脳症(BSE)問題や遺伝子組換食品問題などから、生産者の見える食品を求める傾向が「地産地消」を流行りにしていると思われる。

 私はどちらかと言えば、食の安全には無頓着な方。狂牛病問題でヨーロッパが大騒ぎしていても、フランスでは変わらず牛肉を買って食べていた。そんな私が生鮮品を選ぶ時、価格以外で選択基準にするのは唯一産地だ。生産者が誰か、農薬はどうなっているか、そんなことはあまり気にしない。地元産であれば輸送に時間がかからないから鮮度はいい。形はどうであれ、おいしければそれでよし。倍以上の価格差があると話は別だが、大抵は地元産を手に取る。
 理由はいたって簡単。地元の商品を選ぶことが地元農業のためだと思う。今風に言うなら、輸送に使われるエネルギーももったいないと感じる。じゃがいもは北海道産と決めている消費者もいるだろうから、それこそ選択の自由なので誰かに強いるつもりもない。
 北海道のじゃがいもやたまねぎは通年を通して売られているが収穫時期には地元産も店先に並んでいる。米だって豊富にある。大量生産・大量出荷される北海道のじゃがいもやたまねぎは遠路はるばるやってくるのに地元産と同額かさらに安い。地元産より割高でも米処の米は買われていく。消費者心理というのは本当に難しい。

高知のトマト
高知のトマト

 ジョゼ・ボヴェ氏が恐れているのは、遺伝子組み換え作物に依存するようになった農業だ。人体への影響も懸念されるが、遺伝子組換種子がないと農業が成り立たない世界も恐ろしい。農業は一産業でしかなくなり、遺伝子組換の特許を所有する大企業だけがますます潤おう。これは農業大国フランスだけの問題ではない。
 私が恐れているのは、食という'生'の源をよそに依存すること。世界規模で語らずとも、地域の食文化をしっかりと見つめていけば少しは食糧輸入率も改善されるのではないかと思う。もちろんよそに売って'外貨'を稼ぐことも大切だけど、地域の需要は地域で満たすのが理想ではないかなぁ。

 食の問題はどこかの立派な機関や大企業に決定権があるのではなく、それを口に入れる自分たちにある。作り手と売り手とそれを食する買い手が志を同じにすれば各々によりよい形で「地産地消」は現実味を帯びてくるのではないか。安いことは消費者にはうれしいが、同じ負担でできることがその裏にいくつあるか、それを考えてみるといろんな選択があるのでは?地域農業がだめになり、人体の異変に気付く前に三位一体になって考えるといいのにな、と高知のおいしいトマトを手に取って思ったのでした。

aout 2003

photo by Yoshihito Nakano

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