四万十からのつぶやき


Vol. 2 田舎だからこそ? Mon role au Japon profond

Hiroko Yamasaki


 清流四万十川のおかげで、この陸の孤島にも観光客は絶えない。一時の「最後の清流」ブームはかなり落ち着いたが、それでも毎年必ず来るというリピーターも少なくない。

 今回のタイトルに使った『Japon profond (profond,e=奥深い)』だが、フランスでよく、良い意味でも悪い意味でも「ど田舎」のことを『la France profonde』という。では、私のいるこの町が本当にど田舎かというとおそらくそんなことはない。一応、「市」。だが、陸の孤島という言葉がいまだに使われているのも事実。それは、この町に来るためにおそろしく時間を要するからなのが一番の理由だろう。

 東京や大阪の人にとって北海道や沖縄に行くことは難しくない。飛行機に乗ればすぐに現地。では、この四万十流域はというととりあえず高知市までたどり着くのに数時間。飛行機ならそこからバスで30分から1時間かけて駅に行き鉄道でさらに2時間。やっと当地である。東京からJRを利用すると一日仕事。車の場合、人工林ばかりの山々を横目に延々と運転し続け、やっと視界が開けると海が見える町を通り越して中村市。東北からだときっともっと大変!九州からなら大分県の佐伯からこの町の隣の宿毛市へ船で渡って来られるから楽かもしれない。こんな外れにやって来るのもここから都会へ遊びに行くのも大変で、海外へ行こうものなら必ず出発前日か帰国日のどちらかは空港近くで一泊しないと都合が悪い。

 そんな不便な場所で毎年10月中旬の日曜日に行われている「四万十川ウルトラマラソン」というのがある。四万十川沿いを下流から中流まで回ってまた下流に帰って来る、100kmのマラソン。朝5時にスタートし、トップの選手はお昼過ぎにゴールする。それからタイムリミットギリギリの夕暮れまで参加選手達が次々にゴールしていく。いくつかのポイントでタイムアウトになると断念しなければならない。中流域の十和村から出発する60kmコースもある。ファンが多く全国から多数の応募があり抽選で1,500人のみ参加権を得る。町中の住人がボランティアとして参加しいろんな役割を担う。その頃の町はウルトラマラソン一色に染まっている。

 ちょうど私が帰ってきた翌年、100kmマラソン世界大会の日本での開催年で、この四万十で引き受けることとなった。世界中からウルトラマラソンのトップランナー達が結集する。そのうえ、次の世界大会開催地フランスから視察団がやってくる。私にお仕事がやってきた。

神社の境内で大会前日の練習


 静かな町が外国人であふれ、各国の言葉がとびかっていた。前夜の歓迎パーティーでは、しかし、誰もが大会の開催を心配していた。台風の直撃を受けている最中だったから。通りに立てたのぼりが倒れるほどの風が吹き荒れるまだ夜が明けやらぬうちに決行と決まった。おそらく多くのスタッフは一睡もできなかったことと思う。コースを警備するスタッフらは風で飛ばされた枝や葉などの掃除で大変だったという。

 コースは前夜までの台風が残していった水たまりが多く、ゴールした選手達のシューズはびしょ濡れ、足の皮は湿気でふやけてボロボロで血がにじんでいた。台風が嘘のように太陽が照りつけ、大気中の水蒸気が選手達のペースを狂わした。

 大会当日、ゴールするフランス人選手のケアとドーピング検査が私の役割だった。しかし、それ以外は四六時中フランス視察団の通訳をしていた。ヴァンデ(Vendee)県のシャバーニュ(Chavagnes en Paillers)村から来られた村長夫妻をはじめ実行委員会の面々は、3,000人の村人皆が知り合いという田舎の人らしくとっても親しみやすかった。お土産の買い物につきあったり食事を共にしたり、また日本とフランスについておしゃべりした。あっという間の数日間だった。

 東京や大阪の友人には「都会にいる私よりずっとフランス語使っているね」とうらやましがられたが、これはど田舎だからこそ?人口3千人の村ほどではないが、人が少ないからフランスにいたという私の存在は知られていた。私以外にも隣の町にいた元JICA(国際協力事業団)の職員の方などフランス語を使ったことがあるこの地域の3、4名が大会のために集められていたし、きちんとした通訳の人も高知市から呼ばれていた。ロシア語通訳ができる人達もいたのには私も驚いた。

 ほんの数日の滞在で、しかも京都や東京など一般的に外国人が旅行するような所に行くこともなく一団は帰国した。空港までの貸しきりバスに同乗させてもらい見送りに行ったが、峠を越え山深い道を走る中である一人が言った言葉が耳に残っている。「日本に旅行に来るなんてもうないと思う。あったとしてもきっとツアーだから、こういう普通来ないようなところを見られて良かったわ。こんな山の景色はやっぱり異郷だし、あそこに見える海、あれは太平洋でしょう。」

 どこかを訪れた時、”いいな”と思うのは、予想外の景色やものを目にした瞬間。通りを一本誤ってしまっても、そこに素敵な空間があればそれはそれでいい。
 このど田舎の町がいろんな国の人であふれいろんな言葉が聞こえて来るのもなんだか、興味ぶかいものだった。それが私にとっては面白いことだったように、ここにやって来た人々にとっては何もない自然だけの日本の里山が感動の一つだったようだ。

 100kmウルトラマラソンの世界大会は各国持ち回りなので、将来日本の番がまた来たとしても四万十川流域で開かれる可能性は低い。でも、ここを訪れた各国の選手が日本の山と川と海を目にして思い出として持ち帰ってくれたことの意味は大きい。マンガや車メーカー、電気メーカー、富士山や浮世絵に代表される典型的な日本のイメージ、それらだけが日本でないこと。そして、ど田舎で出会ったなぜかフランス語を話していた私のことも彼らがほくそ笑みながら思い出してくれることがあったらそれもまた楽しい。

シャヴァーニュ村長夫妻と

 あれから数年が流れたが、今度ゆっくりフランスに行く時には是非ともその小さな村を訪ねたいと思っている。

avril 2003

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