四万十からのつぶやき


Vol. 12 田舎の生き残り策
La campagne, comment devrait-elle etre?

Hiroko Yamasaki


 l'Hexagone(六角形)という別名で呼ばれるフランス本土。カリブ海に浮かぶ海外県の者達はよく本土のことをこう呼んでいた。その名の通りフランス本土は六角形をしており、パリを中心として交通網は拡がっている。道路はもちろん、鉄道もいったん中心であるパリを経由して移動する方法が便利な場合も多い。私がいたポワティエからモンサンミッシェルに行こうとするならば北へそのまま進めばよさそうだが、乗り継ぎや時間のことを考えるといったんパリまで出た方が楽だったりする。全てがパリに集まりパリから始まる中央集権国家。パリと地方。それは多かれ少なかれ大昔から変わらない姿である。

 パリから少し郊外に出ただけでのどかな田園風景に変わる。果てなく続く地平線。小さな集落の中心には教会の十字架が青空に向かっている。Chateau d'eau(給水塔)が小さな集落の中で際立っている。ひろがる草原に羊たちが無数の白い斑点を描いている。一面のぶどう畑がそこがフランスであることを教えてくれる。


 昭和63年度と平成元年度、竹下内閣の下、ふるさと創世事業により全国の市町村に1億円の交付金がばらまかれた。

モンサンミッシェル
モンサンミッシェル

それがきっかけとなり全国の田舎で町おこし・村おこしの一大ブームが巻き起こった。小さな村にとっては持て余す額の1億円。地方都市にとっては何もできない金額。賛否両論があったにせよ、自治体が自分達で自由にその使い道を考えるというこの事業の目的は達成したといえるのだろう。それから17年。不況の中、田舎の悩みは一層深刻となり、当時の勢いはないにしてもどこの田舎も町おこし・村おこしに躍起になっているのは変わらない。

 私の田舎では現在商工会議所の専務理事を年俸450万円で全国公募している。畑付きの住宅も用意してくれるらしい。そこで何を求められるのか。経営指導、企画。求められる資質は、リーダーシップが強く、企画力があり、正直で健康であること。自筆の履歴書と400字詰め原稿用紙2枚に自筆の志望理由書を提出すれば書類選考してくれるらしい。「自筆」とわざわざ強調しているところが田舎臭い。
 35才〜50才までの人が対象となっているので私に応募資格はないけれど、どれだけの人が関心を示すのか興味津々である。週休2日をうたっているが実際業務が始まればそうはいかないだろう。町を元気にするためにそのカンフル剤となる人材を全国からわざわざ募集するわけだから地元が望むところは大きい。経営のプロでもいい。町おこしのプロでもいい。成功させて当たり前というプレッシャーを初めから背負い込み、田舎独特の空気の中で孤軍奮闘していかなければならない立場になる。真の情熱にあふれているか、誰もが認めるやり手でなければこなせないと私はみる。条件を満たしかつ眼鏡に叶う人材が現職を捨ててまでかけるほどの仕事になりえるだろうか。翌年はどうなるのか。働き盛り稼ぎ盛りの年代にとって450万円ははたしてそれに見合う対価か。なんだかとてもムシのいい話だ。49歳の人が早期退職してやってきて一年後には四万十川のほとりでゆっくり過ごしたいというなら話は別だが。

 町おこしも村おこしも商店街の活性化も結局は人であり、リーダーを必要とする。しかし、もっと必要なのはリーダーを支える人々である。四万十川の下流にあるこの町は地域経済の活性化のために本当にそういう人材を必要としているのか。救世主が現れようとそれについていくことができなければただのお祭り騒ぎで終わってしまう。こう思うのにはそれなりの理由がある。
 フランスから帰って来て間もない頃どこかのお偉いさんが来ての座談会に誘われたが、その5年後も似たような議題で集まっていた。結局一度も顔を出したことはないので何も言えないのだが、しかし5年経とうが変わりないテーマで議論していること自体疑問に思う。いや、議論にもならず、聞いているだけなのだろう。そこから学習し行動していたら議題も町も変わっているはずだ。世の中は猛スピードで動いているというのに。などとブチブチ言っていたら上司に「それが田舎。そうやってしか進めん。それが歯がゆいなら出て行かんとね」と言われたものだ。


 スローライフという造語が飛び交っているが、今さらながら改まって口にすることではない。田舎の日常の暮らしぶり。都会でも誰もが忙しくなる前は同じだったはず。フランスの地方でもファーストフード店が増え英語の店名が増えたりという変化はあっても昔ながらの光景はきっと変わりない。六角形のどこでも見られるようなフランスらしい光景がある。歴史を感じさせる建造物。広場から拡がる放射状の通り。中心を離れると緑が続く。日本の田舎も同じなのだろうが、中途半端に町おこしされたところは哀しい箱物が増えただけ。駅前開発、リゾート施設・文化施設の建設。人口に見合わない入れ物だけが増えていく。東京や大阪のような高層ビル郡にはお目にかからないにしてもそこは大都会の縮図でしかない。どこの駅に降り立っても同じような印象を与える町並みが全国各地に見られる。バブルの遺産が空しくそびえ立つ。せっかくの美しい海岸線や自然のままの川岸が「親水性」を高めるため、あるいは「安全」のためにと小奇麗に整備されていく。田舎は自ら進んで田舎の良さを捨ててきたが、時代がスローライフを求めようものなら自らの田舎度を再認識し今度は逆に田舎度をアピールするようになる。それを全国の田舎でやっているものだから競争はあいかわらず激しい。

モンサンミッシェル
モンサンミッシェル

 「陸の孤島」と言われる私の町は経済的な発展が遅れたので町を汚す工業施設が建設されることもなく、四万十川は昔のままの姿を残し、町も変わらず人口も3万5千人から増えることはない。中途半端に発展の道を進んできた田舎よりスローライフへ立ち戻りやすい。だから今こそ先頭に立って田舎の生き残り方を考えて行く時だ、と言われている。
 地方でも2大都市と変わらない暮らしを送れる。そういう町づくりをしてきたのだ。都会を模倣していても都会ほどの人口がいるわけではないから、たちまち立ち行かなくなる。その土地ならではの工夫がいる。その工夫を一緒に見つけてくれる人がいても実際行動に移す地元の人間がいなければ何も変わらない。外の風を求めていると言うならどこまでその風を絶やすことなく、またどこまでその風に乗っていられるのか、これからが見ものだ。

fevrier 2004

photo by Yoshihito Nakano

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