四万十からのつぶやき


Vol. 10 今時の政治と私たち
Notre politique actuelle et nous-meme!

Hiroko Yamasaki


 雑誌の広告欄だったか、コラム欄だったか「批判意識を持とう」というワンスレーズが目に飛び込んで来て以来、その精神は私の奥深くにしみ入っている。と言っても、元来、何にでも問題意識を持つことを大切に思っていたのでその内容に同調したのだ。何でも批判しろというわけではなく、注意深く聞いてないと批判はできないから問題意識を持って物事を捉えなさいという主旨だったと思う。

 フランスはスト王国で、フランス人は議論好きな人たちである。そんな国の政治家は雄弁である。政治学院で政治を学んだエリートで占められているのでそれくらいできなくてどうする、と責められそうだがそれでも立派だと思う。普通のテレビ番組に大臣などが参加して一般の参加者と討論する場面もよく見たがそれなりに筋の通った分かりやすい話し方をしている(もちろん、彼らは「読んで」はいない)。政策的な問題はさておき、話の内容にひどい矛盾は見られない。と私は思っていたのが当のフランス国民にしてみればこちらと同じで前置きが長いとか、言いたいことがはっきりしないといった不満はあるようだった。でも、いくら選挙のためとはいえ日本のような絵に描いた餅のような政策をかかげたら、国民からブーイングの嵐なのではないだろうか。

 景気を回復します。雇用を確保します。年金の給付もこれまでと大差なく受給できるようにします。消費税はまだ上げません。保険制度も守ります。福祉は一層充実させます。高速はタダにしましょう。

 どうやってやるの?と誰だって聞きたいはず。どこかをプラスにしたら、どこかでマイナスにしないとバランスはとれない。600兆円を大きく超える、いや、700兆円に近づこうという国の借金を前に適当なきれいごとを言っていられる時代はとっくに終わった。でもそれで当選するから信じられない。あまりに大きな数字で想像すらできない。だからずっと先の世代へツケにしているわけだ。彼らも私たちも今すぐ払え!と借金取りに追われるなんて思っていない。


 近年、政治バトルのような政治家参加のテレビ討論番組が増え、そのような番組の中での政治家の発言も注目されるようになった。一方的にもの申していた彼らが一般民衆に近づいたようで悪くない。テレビを見ていれば政治家の考えに触れる機会が増えたということだ。しかし、それぞれが多少なりとも独自の考えを披露しているにも関わらず選挙前になるとほとんど同じことを言っているのは残念。

 マニフェストという言葉が異様に目立った今回の衆議院選挙。これまでの「選挙公約」でどうしていけないのか理解しがたいが、そんな言葉でごまかしたって何も解決しないのに。どの党の宣言を見ても明確な期限や数値目標は少ないし、4年の任期では実現不可能としか思えない。

パリ
パリ

 各組織の民営化が公にとってよいことで国の節約になるのならやればいいし、官僚の天下りや甘い汁を吸い続けている法人団体への規制だってもっと強めればいい。コスト対効果から考えて不要な公共事業も大いに廃止すればいい。が、田舎であればあるほど多くなる公務員の人件費の削減や、補助金だらけの公共事業の廃止を本当に実行できるのか。有権者数28,000に満たない小さな町で25名の議員数を23名に減らすのに苦労したというのに、どれだけ積極的に公的財源の節約を進められるのだろう。
 無所属・無党派の議員は増える一方だが、いつのまにかどこかの所属になっていた、というケースも少なくない。組織に属さないと何ごとも実現まで時間がかかるのだろうか。だから、中央から離れ各行政組織の長になる道を選ぶ政治家が増えているのだろうか。

 アイドルをみるとその国の国民の精神年齢が分かる、と昔どこかのフランス人が言ったそうだ。日本のアイドルは急激に低年齢化している。成熟した本物のスターしか生き残れないフランスと比べ、若い子が活躍する日本は日本人の精神が幼稚な証拠だと言いたかったのだろうか。しかし、芸能界でなくても選出された議員をみても同じことなのだ。アイドルを世に送りだすのは芸能プロダクションであり、時の波に乗せるのは私たち。どういう形態で選挙に出馬しようと、当選させるのは国民である私たち。政治に不満を言い、あるいは、選挙自体を無意味なものと受け止め、初めから選挙に行かないのも今の政治家をそのまま波に乗せ当選させたということに等しい。

パリブルボン宮
パリ
 芸能界が日本という国の縮図であるとしたら、国会も一つの日本の縮図なのだ。多くの日本人は国会をみて、笑い、バカにし、不満をもらし、あきらめ、関心を持たない。
 フランス人のように議論好きであれ、とは言わない。若くても、どうして?と思うくらいきちんと自分の意見を口にする者がいる。単なる政治に対する不満であっても怒りを露にして語る者がいる。目先の問題でなくても熱弁を奮う者がいる。かと思えば、失業保険や生活保護など国からの援助が欲しくて論じる者もいる。

 少し前にフランスでエリート学校の学生達のグレーヴがあった。そのエリート学校に入学するためには必死に勉強しなくてはならない。家庭教師をつけ正に「ガリ勉」をしてこそ桜は咲く。そこで、国は経済的な理由から家庭教師をつける余裕がない環境の若者達も入学できるようにと彼らを対象にした口頭試験のみの受験枠を設けた。これには裕福な「ガリ勉」学生達が抗議した。逆差別だ!と。彼らは公に発言することを知っている。そうすることで政治に参加している。そういう社会を見て育ったから。

 選挙管理委員会のまわし者ではないが、私はできる限り選挙には行くように心がけている。投票はやはり国民の義務であり、国民として、市民として、意思表示をできる機会と捉えているからだ。一人でストができなくても、選挙に行くことで政治に関わっていたい。政治に文句がある時、大声で不満を言いたい。世の中の不満ばかり言っている人がいる。たとえちっぽけな自分でも、どうとかしてやろうとどうして思わないかな。批判するだけじゃなくて、不満の原因を解決しようと。そんなみんなの思いが集まれば...。そう、塵もつもれば山となる、と思っている。

decembre 2003

photo by Yoshihito Nakano

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